開催説明会 記念講演要旨
「企業立地フェア2012」の開催説明会とともに実施した、西武文理大学 サービス経営学部長・教授 柏木 孝之氏による記念講演は大変盛況でした。 記念講演
「地域活性化のための地域資源の活用と企業立地」 西武文理大学 サービス経営学部長・教授
柏木 孝之 氏 ![]() 地域活性化を牽引してきた"ものづくり産業"地域活性化を牽引してきた産業分野は工業、すなわち"ものづくり産業"であった。1960年代は当然のごとく日本経済は工業が牽引してきた。 2000年代に入っても、工業は国際的な競争優位産業であったが、近年はその様相が変わりつつある。本来であれば大企業の製造業はもっと生産性が高くなければならないのに、中小企業の製造業とあまり変わらなくなってきている。つまり、輸出主導型の製造業では日本経済を引っ張りきれなくなったのであり、海外移転がかなり進んできたのだと解釈してよいだろう。これまで、1960年代頃から日本経済の牽引役として地域活性化、地域経済循環を高めてきた輸出主導型製造業に、急速な円高や東日本大震災により大きな変化が生まれてきているのである。 そこで、地域活性化を牽引してきた産業分野はどのようになっていくのかといったことを考えたい。岩手県・北上地域では、岩手東芝やいくつかの企業が進出してきたり、富士通が金ヶ崎にといった具合にIC関係の企業が先行し、その後に関東自動車工業等々が来ることによって輸出主導型で地域経済が高まってきたが、その後、イトーヨーカ堂が一度進出したにも関わらず撤退してしまったのには驚いた。"工業、製造業が来ることによって地域経済自体のグレードが上がり、経済循環がその中で起こるためには第3次産業に地域経済の循環が跳ね返っていかなければならない"はずだが、そうはならず、さらに地域活性化の先進地域であった浜松も長岡も同様にそうはならなかった。 "ものづくり産業"の環境変化基本的に日本はものづくりで優位に立ってきた。しかし、「東日本大震災の影響で海外への生産シフトが急速に進んでいる」と法政大学の増田客員教授は主張している。増田氏によれば、日本企業の動きの速さ、経営者のスピーディな決断には戸惑いを覚えるほどで、アジアからの飛行機は今、物凄く混んでいて、その殆どが旅行者ではないということである。そして「日本企業を買いたいというアジアの経営者も多い」と言うのだ。 アジアへの生産拠点のシフトは中小企業でも急速に進んでおり、これには東日本大震災の影響もあるが、円高、ドル安、ウォン安がさらに進んでいることも、このことを後押ししている。このような動きには、大震災に対応した危機管理上のリスク分散という意味と、どこで生産したら安くできるかという比較生産費分析的にみた競争優位性をどのように担保するかという戦略的な意味も持っている。 日本には30万トンの船が入れる港が1つしかない。しかし、韓国は3つ目を造っているし、中国にはすでに3つある。そこで、日本でも東と西に1つずつ造ろうという話があったが、政権が代わって駄目になってしまった。オーストラリアから石炭や鉄鉱石を運ぶのに、30万トンの船と15万トンの船の燃料費はあまり変わらない。30万トンの船であれば、オーストラリアからの1回の運航で30万トン運べるわけなので効率がよく、30万トンの船が着けられる港は大変重要なのである。そういう意味で、比較生産費分析には労働費だけではなくインフラの整備も入ってくるのである。 しかし小松製作所の場合には、この比較生産費分析を行った上でなお、茨城・ひたちなか港と金沢新港に落ち着いた。なぜこのようにしたかというと、ものづくりに関する技術集積−関連する企業の豊富さ−のリスクが少ないといったことも含めて意思決定しているからなのだ。 だから、技術集積を必要とする企業はまだまだ日本に立地するのである。これは比較生産費という費用だけでは議論できないところなのだ。 新興国の伸張とわが国産業の活性化戦略平成23年度版通商白書によると、世界のGDPのシェアは、2010年の新興国の構成率が31.2%に対し、2011年にはこれが34%となっている。往年は欧米が当たり前のように世界の中心であると議論されており、その当時は、ブラジル、インド、中国といった新興国がこれほど力をつけるとは分らなかった。これが2015年には新興国比率は40%近くになり、マーケットの中心は新興国になる。そして、グレードの高い品物ではなく、LGやサムスンなどが作っている新興国向けのテレビや家電などのように安いところを狙っている。製品は安くても量は多いわけで、そのマーケットを日本は取られてしまうのではないかといったことが議論されている。 それでは皆、新興国に行ってしまって、日本になくなってしまうのかというとそんなことはないと思っている。小松製作所は茨城に50〜100tクラスのリジェットダンプトラクターやホイルローダーの工場を立地した。ラジエター、エンジンや鋳鋼部品は富山の氷見や栃木の小山・真岡などから搬入され、板金溶接、組立、試運転を経て、ひたちなか港でRO-RO(Roll on Roll off)船に積み込んでいる。本来ならば日本では20tまでが限界で、普通は許可を取らない限り走れないのだが、工事中の県道などを利用して100tのトラックが自走できるような便宜が図られている。 中小企業の新興国対応の生き残り策としては、タイに進出している南武(東京・大田区)を例に取り上げてみる。南武は油圧のシリンダーを造っている会社で、リーマンショックによって国内売上高が半減したが、2006年に開設したバンコクのオオタ・テクノ・パーク内のタイ工場の売り上げ4億円が会社を支えたのだという。しかし、補完関係にはなっても、日本の工場がなくなるということはないだろうと考えている。 米国債や日本国債が格下げされたが、わずかに円安に動いただけで、日本円への評価は大きく変わっていない。このような急激な円高にもかかわらず、小松製作所の板根会長は「今ほど製造業に攻めが求められている時はなく、攻めるなら海外だ。これだけ円高なのだから、借金してでも海外の会社を買え」とまで言っている。また「あらゆる部品・素材を国内で調達できる産業集積がある。こんな国は世界にない。日本には大手と中小の賃金の二重構造があって、格差を縮める余力のない企業は中小の力を引き出せず、競争力がなくなる。協力企業は一心同体で、コストの一部を負担し、協力企業の賃上げを間接支援する工夫が必要だ」とも述べている。 日本の"ものづくり"の特徴は、機械工業の生産技術にあるのではないかと思っている。そして、急速な円高に伴う海外への生産移行による"日本産業の空洞化"については1994年頃から言われているが、私は「空洞化しないし、国際的な競争力は維持しうる」と言い続けている。 国際的に競争優位な産業集積国際的に競争優位な"ものづくり"を有する産業集積とは、国際的に競争優位な"多様で豊富な商品"の研究開発、試作、生産等を創出しうる産業の集まりである。ソニーや、シャープ、セイコー、キヤノンなどを支えてきたもので、そして、これら大企業の商品化を支えてきたのは中堅・中小の企業なのである。 「カセットデッキと同じ大きさのテープレコーダーを作る」というような夢みたいなことを井深さんが言って作らせたのがウォークマンで、そのアルミの蓋や回転軸を作ったのは大田区の中小企業であった。しかし、このような集積が大田区では徐々に消えつつあるが、川崎や横浜にはまだ残っている。 日本で初めて産業連関表を作った時のメンバーである茨城大学の故 殿木義三先生の理論は、「産業構造を技術構造的にモデル化し、このような技術構造の中で基礎的汎用技術や基盤技術があれば、飛行機でも自動車でも何でも製品化できる」というのである。そして、「革新的技術、よりイノベーションの高い技術でより少ない一品ものを作っているところは国内に残って、技術がかなり出来上がった見込量産の製品は海外生産されることになる」と述べている。 見込量産型で、生産技術が確立されたものが地方に分散し、それらが円高などで海外生産に移行するという論理展開であった。ところが、韓国のサムスン、LG、台湾のエイサー、中国のレノボーなどの台頭により、わが国企業の海外への生産移行が大きく変化しつつあるため、殿木理論も私の考え方も変えざるを得なくなっている。 新たな価値創造を生む産業集積モデル日本型の産業集積モデルは、バブル経済以降、さらに追い打ちをかけるようにリーマンショックがあり、説得力がなくなってしまった。そこで、先進国や新興国の産業集積モデルを模索、韓国、中国、台湾などを視察して歩いたが、日本型産業集積モデルに代わるものに出会ったのは、世界有数のパソコン企業デルの創業地である米・テキサス州のオースティンであった。 オースティン・モデルは企業誘致に始まって、それらのソフト開発への転換、そして、連邦政府、業界団体によるコンソーシアムの誘致などによる経営環境、都市環境の変化があって、デルやナショナル・インスツルメント、自然食品スーパーのホール・フード・マーケットなどが創出される環境を構築した。オースティン・モデルは"誘致型"を基盤に"内発型"へ転換して、アメリカにおいても、相当"Creative"な、研究開発型の人間が増えてくるというようなことで、新たな価値創造を生む産業集積モデルの原型のように考えられている。日本においてもオースティン同様に主要企業を誘致し"誘致型"の基盤はできたが、"内発型"にするためにはどのようにすればいいかということで、様々な施策が講じられたが思惑通りにはならなかった。 資本財は日本から出ないと私は思っていたが、リーマンショック後、急激な円高の促進により森精機やヤマザキマザック、アマダなどが高性能機を中国で生産するという報道がなされている。殿木先生や私の言う、技術的に成熟した量産、ロット産製品が地方へ、海外生産へ移行するという範囲を超え、革新技術で寡産型の製品が海外へ出てしまう。しかも、機械を生み出す機械であるマザーマシンの海外生産への移行が問題を引き起こしている。なぜサムスンやLGがテレビを作れるのかというと、米のアプライドマテリアルやオランダのASMLと、日本の東京エレクトロンと大日本スクリーンから液晶の製造装置を買っているからだが、この半導体や液晶の製造装置が同じように、日本から海外へ生産を移行するようになればこれは大変なことになる。だからこそ、このためにも新たな価値創造を生む産業集積モデルを造っていかなければならず、その担い手は地域の中小企業なのである。 私は熊本で通称"柏木スクール"という経営技術・市場開拓研究会を14年ほどやっていて、熊本県工業連合会、熊本県ものづくり工業会と "GAMADAS(頑張ろうという熊本弁)" のメンバーでグループを作っている。これは、熊本において"才能と生産性に満ちた人"を意図的に集め、知的刺激や経営的刺激を他の地方都市以上に受け入れているからこそ、熊本型産業集積には明日があるのではないかと考えたからだ。 研究会の会員の山下機工はファインカーボンの加工、含浸、表面処理加工へと展開するために、新たな装置を造り始めている。また、中山精密と言う大阪の企業が、2ナノオーダーの加工をするため10億円ほど投資して熊本に新たに工場を建設する。このように、ナノオーダーの加工などをする中小企業は海外などへシフトしようとは思っていないのである。ただし、あるレベル以上の加工を日本で行いながら、一方で新興国市場の営業開拓を行っていくという、両方の戦略をとるというところも将来はでてくるだろう。 地方行政や地方団体にお願いしたいこと地方行政や地方団体が是非試みてほしいことは才能と生産性に満ちた創業者や2世、3世経営者を月に1回くらいは定期的に集め、知的刺激や経営的刺激を与え続けてほしい。そうすれば、必ずそこから芽がでてくる。地域の中小企業経営者に知的・経営的な刺激を与えることは、大きな地域資源活用である。そして、地域資源の中で重要なのは、地域人材の掘り起こしだと思ってほしい。有能な人が隠れているはずなのだ。 また、地域にあるすでに蓄積された技術・技能を掘り起こしたり、地域の既存人材や既存技術・技能が新たな産業の醸成や誘致に結び付くのだと考えてほしい。 地域活性化とは地域経済循環を高めることである。具体的には、既存産業の新たな取り組みや、新しい産業が惹起して、新しい生産活動が醸成され、労働への需要やほかの投入物への需要、財およびサービスへの需要が起きてくるという経済循環である。だから、誘致も大事だが、地域の資源も見直してみてほしい。必ずいい人がおり、場合によってはその人がきっかけで企業が来る場合があるのだ。 半導体や液晶の製造業では東京エレクトロンがトップだが、一時、凍結になっていた二番手の大日本スクリーンの熊本への進出が決まったようだ。また、ヤマハや河合楽器がある浜松に、ローランドが関西から進出してくる。木製鍵盤の加工と塗装はやはり浜松で、ということなのだろう。 だから、もう一度誘致も含めて、そもそも地域にある資源が企業を呼び込む可能性があるということを見直してほしい。そして、地域にある人材、技術・技能、伝統、文化などの資源を再度見直し、そこから新しい経済循環のシーズを見出してほしいのである。そのためには、異なった視点を有した人材を取り込みながら、地域資源である既存人材を見つめ直すといった機会や努力を不断に続けていけば、新たな経済循環が創生されてくると考えている。 外に目を向けることも大事だが、内にいる人間が外とのつながりを持っている可能性があるということも頭の中にいれておいてほしい。また、日本経済がどのような形になっても十分生き残れるし、それだけの技術集積があり、革新能力があるということを再認識していただきたい。 |
