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国際モダンホスピタルショウ2010 「いのちの輝きを! 明日に架ける健康・医療・福祉」
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新春講演会講演要約

 過去の新春講演会講演要旨

会場風景
「国際モダンホスピタルショウ2010」の開催説明会とともに実施した、棚瀬法律事務所 弁護士 棚瀬慎治氏による新春講演会は200名にのぼる聴講者が参加、大変な盛況でした。以下はその講演内容の要約です。(文責:事務局)
新春講演要約
法曹からみた医療現場の実状〜医療危機打開への光明を見いだすために〜
棚瀬慎治氏

棚瀬法律事務所 弁護士
棚瀬 慎治 氏

医療事故・紛争の動向とその背景

 医療事件を扱う弁護士というと、患者さん側で活動する弁護士と医療機関側で活動する弁護士という2種類に分かれているが、基本的に私の場合は医療機関側だけで活動している。手持ち事件の約8〜9割程度が医療関係の事件で、もちろん医療裁判だけではなく、裁判になる前の患者さん側との交渉や病院に関係するさまざまな契約問題などについても活動している。
  従来から医療事故、紛争というものが医療機関の中で問題となっており、従来からの類型としての〈医療事故クレーム〉というものがある。つまり、医療事故が発生した場合にそれについてクレームが発生するというものである。それに対して〈不当要求〉と言われる類型のものがある。たとえば、“医療ミスなどの落ち度がないのにクレームが行なわれる”といったことを〈不当要求〉の類型に入れている。一方、医療過誤があるかまたは疑がわれる場合のクレームが〈医療事故クレーム〉となっている。ただ医療事故が発生した場合、それが比較的軽度な事故の場合でも非常に激しいクレームが出ることがあり、これが最近とくに問題になっている。
 それでは、なぜこのような〈不当要求〉が増えたのかというと、まず『医療に対するバッシング報道』が挙げられる。1999年に患者取り違え事件が起こり、これに対してかなりバッシング報道がなされ、世間的に医療事故というものが注目されたという経緯がある。次いで『権利意識の向上』である。昔は“患者さん”と呼ばれていたものが、“患者様”と現在は呼ばれるようになったりといった具合で、さらに『医療者側がこれを受容』してしまう下地があるのではないだろうか。

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医療裁判の現状
証拠保全とは

 “証拠保全”という手続きがあるが、これはカルテ等の写真を撮って証拠を保全するため、カルテが改ざんされる前に差し押さえてしまおうというものである。いきなり執行官や裁判官が病院へ来てカルテの写真等を1枚1枚撮っていく。しかし、この際、医療事故調査委員会などの検討文書やインシデントアクシデントレポートまで出せと言われた場合に、そういったところまで提出してしまうと医療現場での自由闊達な検証というものができなくなってしまう。これらについては必ずしも出さなければならないというようには裁判例ではなっていない。

医事関係訴訟の推移と審理期間

 医事関係訴訟の推移をみると平成9年時点では597件だったが、平成16年には1,110件と1,000件を超えている。年に1割ぐらいのペースで増えて行く時期があったが、17・18年と若干減ってきており19年も870件と減っている。ただ平成20年の統計をみるとまた少し増えてきており、900件といったあたりで横ばい状態になるのかなという雰囲気になっている。
 訴訟件数を診療科ごとにみると、受診される患者の絶対数の問題もあるのだが内科、そして外科、産婦人科、整形外科・形成外科といったところが多い。また、医師千人あたりでみるとやはり産婦人科が16.8件と断トツで多くなっている。
 一時期、事件の処理に掛かる時間が長引いていたが、平均審理期間2年以内を目指して医療集中部というものが大都市地方裁判所にできており、平成18年時点では平均25.1カ月で医療訴訟の第一審の審理が終わっている。私が担当した非常に複雑な心臓外科の医療裁判でも、10カ月程度で全部終わってしまい判決が出るというものもあった。ただ、それは東京地裁などの医療集中部といわれるところの事件で、争点整理などが非常に素早く行なわれるのでそういうことができるのだが、地方の裁判所や支部というような裁判官数の少ない裁判所では4年、5年とかかってしまう事件も未だにある。

民事裁判とADR(裁判外紛争解決手続)

 民事裁判の手続きは書面による争点整理が続き、医師や看護師が尋問される証人尋問等は原則1回だけである。証人尋問以外の期日については代理人である弁護士だけの出廷で足り、電話会議といった方法も取り入れられている。また、専門委員ということで医師に関与してもらい争点整理を行なったり、カンファレンス鑑定という試みも東京地裁で行なわれている。これはカンファレンス方式で鑑定を行おうというシステムで、3名の鑑定人に実際に法廷の中でカンファレンスをしてもらい、その結果、医療ミスがあったのかどうかについて裁判所が判断の材料にするということが行なわれており、これはかなり好評である。
 民事裁判の結論としては、話し合いによる金銭支払いであるとか、場合によっては金銭を支払わなくても謝罪をしたりということで解決したりする“和解”によって終局するケースもある。それによって話がまとまらなければ“判決”、裁判所の判断が出されるということになる。賠償責任保険によって医療事故による賠償金は填補されるが、最終的解決までには相当な時間と労力が必要となるため、何より早期に医療に詳しい弁護士に委任することが大切となる。
 最近、裁判に変わるものとして注目されているのがADR(Alternative Dispute Resolution:裁判外紛争解決手続)である。ADR法が2007年に施行され、医療について話し合いで、裁判外で解決しようという試みが行なわれている。認証を受けることにより民間業者もこのADRを主宰することができる。2009年12月には千葉で医事紛争研究会というNPOがADRの認証を受けている。ちなみに、東京に3つある弁護士会も合同で医療版ADRというものをスタートさせている。

刑事医療裁判

 戦後から平成11年1月までの医療に関する刑事裁判例は略式命令処分を含めて137件であったが、平成11年から平成 16年4月までの刑事裁判例が79件とものすごいペースで増加している。大学病院や国公立病院等の大規模病院の事件が過半数を占めるようになってきており、医療崩壊との関連を指摘する声も起きている。医療事故関係届出書等の年別の立件送致・送付数、つまり、医療事故があったということで警察などへ届出があった件数は、平成9年には3件だったものがどんどん増え、平成16年には91件といった具合になっている。
 それではなぜ医療者が刑事裁判に注目するかというと、非常に厳しい判決が見られるようになってきたからである。福島県立大野病院の事件がありこれは一応無罪判決がでたが、この逮捕、起訴ということについて医療界から非常に激しい反発が起き、司法対医療といった対立構造が生じたと言われている。
 刑事事件に対する対策としては、スタッフの取調段階から医療専門弁護士の助言を仰ぐことが望ましい。ただし、病院の顧問弁護士はスタッフ個人の刑事事件の弁護人にはなれないことが多い。なぜならば、病院側の利益と個人の利益が必ずしも一致しないケースがあるため、弁護士倫理という規則上、我々は両方の弁護人になることを禁じられているからである。というわけで、スタッフごとに弁護人をつける必要があるケースも生じる。そして、これはあまり知られていないのだが、医療ミスによって患者から賠償請求された場合にそれを填補する保険である医師賠償責任保険では、刑事弁護の弁護士費用は填補されないのである。そのため、医師は個人財産で弁護人を付けなければならないということになっている。

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検察審査会
医療事件に厳しい傾向の検察審査会

 最近、検察審査会という制度が改正され、医療界側でもこれに対して危機感を抱いておく必要があるという状況にある。検察審査会とはどのような組織かというと、検察官が公訴を提起しない処分、すなわち不起訴処分をした時に、国民からくじで選ばれた11名の検察審査員(任期6 カ月)によって、不起訴処分が妥当かどうかを審査する組織である。年間8,000人が検察審査員に選ばれているという状況で、裁判員裁判が始まっているがあれと似た形である。例えば、検察官が政治家を起訴しないと判断をしたときに国民はなかなか納得しないということになった場合、一般国民の目線から不起訴処分は妥当ではないのではないかといった審査を行なうのである。
 過去の事件としては業務上過失致死傷や詐欺についての審査が数多くなされている。日航ジャンボ機の墜落事故、薬害エイズ事件や明石花火大会歩道橋事件などもこの審査対象となっている。平成19年末時点で約15万件を審査し、 1,370件が起訴に至っている。最終的にこの審査会によって起訴にまで至るという割合はそれほど高くない。ただ医療事件に限ってみると、検察審査会は検察官が起訴しないとした判断に対してかなりの割合で異を唱えており、全事件に対する割合とは異なった結果で、どうしても一般国民は医療機関に対して厳しい目でみているのではないかと思われる。

法改正が医療崩壊を加速させる

 厚生労働省で医療版事故調(医療安全調査委員会)について議論されているが、重大な事故について警察へ通知するかどうかということで医療界からいろいろ反発がある。しかし、医療版事故調が民主党政権下でどのように設計され運用されたとしても、検察審査会で2回起訴すべきと判断されれば強制的に起訴されることになる。どういうことかと言うと、患者さん側の遺族や患者さん自身も警察に告訴することは自由で、警察から検察へ送検され、検察官が不起訴と判断すれば今まではそれで終わっていたが、これからは、患者さん側は審査申立を検察審査会へ出すことができる。そこで検察審査会が起訴相当と判断して検察へ戻し、もう一度検察官が不起訴と判断しても、検察審査会が“起訴すべき”と2回目に判断した場合には検察官は起訴しなければならず、医師や看護師が被告人となって刑事裁判の法廷にかけられるということになる。これは医療安全調査委員会が警察に通知するかどうかということとは無関係に、この強制起訴がなされる可能性があるということなのである。
 仮に検察審査会法の改正によって“起訴すべき”との判断が頻繁になされるようになった場合には医療崩壊が加速するのではないか、大野事件の繰り返しになるのではないかという恐れがある。大野事件でも、福島県内の一人医長だった産科が全部、大学病院から引き上げがあり、地域でお産ができないということになってしまった。最終的に無罪になっても崩壊した医療は容易には戻らないのである。民事裁判と違って刑事裁判の場合、被告は毎回法廷に行かなければならないので半日とか1日取られてしまうといった出廷の負担、それとマスコミの報道や弁護士費用の負担など、被告人となった医師個人のダメージは極めて大きいのだ。

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患者側と医療者側の感情対立の要因

 医療崩壊に直面しているという状況で患者側と医療者側の対立があるのはなぜだろうか。医療者側からみた視点と思いだが、交通事故と比べてみると分かりやすいのではないだろうか。
 まず、“被害者の期待値と医療の不確実性”ということである。患者さんは現在の医療は進んでいるので良くなるものだと思っている。良くなると思っていた人が、結果としてもっと悪くなるということになるとその落差は非常に大きい。ところが交通事故の場合には、普通の生活をしていて悪くなる、怪我をするということだが、医療の場合にはその落差が非常に大きくなるのである。
 次に“加害者の思い”というものがある。「不確実な医療なのに、何か起こったら医師がその責任を問われるというのでは医療などやっていられない」という思いであろう。
 それから“被害者側の素因の存在”というものがある。交通事故などは少なくとも道路を歩けるくらいの健康体の人が事故に遭う。しかし、病院で起こる事故というのは元々病気があったり、怪我があったりする人が悪くなるということなので、これが元々の病気や怪我によるものなのか、医原性のものなのかは分かりづらい。なかには病気があっても直ると思っているので、それが悪くなればこれは医療のせいだと思ってしまいがちなところもあるということで、通常、交通事故などの場合、保険会社が示談代行などをして解決したりする。しかし、医療事故の場合にはそうはいかず、交通事故などよりも何倍も感情対立が激しくなったりということが通常となっている。
 過重な要求によって医療者が疲弊し、“立ち去り型サボタージュ”というような言葉で医療崩壊が言われたりすることがある。そうすると医療がどんどん萎縮していって、防衛医療のようになるということになると、最終的に不利益を受けるのは“適切な医療を受ける権利”、つまり患者さん側の権利に支障が生じるというのが最大の問題なのである。別に医療を守ろうということだけではなく、その先にあるのは国民の適切な医療を受ける権利を守らなければならないというところに問題の根本があるのだ。

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医療界における危機管理

 医療事故が疑がわれる場合の〈医療事故クレーム〉ではなく、落ち度がないのにクレームを受ける〈不当要求〉については、医療界における危機管理として、はっきりと対峙する態勢を整えておかなければならない。そして、医療事故が発生した時には適切な処理をしなければいけない。
 すぐにできる物的なクレームに対する対策としては、まずマニュアルを策定しマニュアルに従って対応する。また、“院内暴力お断り”というようなポスターが配られていたりするが、そういったものを掲示するとか、担当者の電話には録音装置を付けておいたり、監視カメラを設置することも必要である。よく監視カメラで捉えていない病棟などで患者さんやクレーマーが暴れたりすることがあるので、ハンディカメラを購入しておき随時撮影できるようにしておくとか、クレーム対応用の面談室も予め決めておく必要がある。
 人的なクレーム対策としては警備会社との業務委託や警察OBの採用、そして何といっても弁護士との顧問契約である。それによって、安心して対応することが可能となり、クレーマーには圧力となる。そのほかに非常用ブザーを設置するなど、さまざまな対策がとられている。
 因みに、これは日本だけの問題ではなく海外でも同じような問題がある。カナダのモントリオール病院では、緊急対応のための“コード・ホワイト”の院内放送が頻繁に流れるそうである。“コード・ホワイト”が発令されると、体格の良い看護助手ら5人のチームが現場に駆けつけるのである。そして、彼らは興奮する相手との交渉術や、怪我をさせずに押さえつける技を研修で取得しているのである。カナダでも職員不足は深刻であって、職員を大切にして離職を防ごうという発想であろう。

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医療事故発生時の対応方法
患者(遺族)への対応

 医療事故発生時の対応としては、患者(遺族)への対応、司法・行政への届出、マスコミ対応、顧問弁護士への相談、保険会社への連絡などいろいろなことに対応しなければならない。
 患者(遺族)への対応としては直ちに家族に連絡をしなければならない。もし、連絡が遅れると「事故を隠そうとした」、「死に目に会えなかった」などとして後に損害賠償を請求されたりすることもある。これは重要なことだが、謝罪すべきか否かということを医療機関から問われることがある。ひと昔前は、「絶対に謝るな」というようなアドバイスをする弁護士もいたようだが、今、現在の医療側弁護士の通説的見解としてはそうではない。“単純ミス型”と呼んでいる誰が見ても明らかなミス、薬を間違った、患者さんを間違ったといった場合には「早急に真摯に謝罪してください」と言っている。それが紛争を拡大しないようにするための最大の方策なのである。逆に過失がない場合、言いがかりの場合には毅然とした対応を取る必要があり、その場しのぎの謝罪は紛争拡大を招くことになる。“グレーゾーン型”と呼んでいるが術後の合併症などのように、医学的評価や法的評価をしないとミスかどうか分かりづらいものは弁護士に相談するように言っている。
 「その場を収めるためにとりあえず謝ってください。そして、後であれは不快な思いをさせたことへの謝罪だったと言えばミスを認めたことにはならない」と言う方も一部おられる。しかし、一般企業のクレーム対策としてこのような対応をされているところもあるとは思うが、医療事故に関しては「これは止めてください」と言っている。実際に“無過失型”とか“グレーゾーン型”で安易に謝罪したために、後に紛争が拡大する傾向が顕著なのである。なぜ一般企業と違うのかというと、医療現場の場合には謝罪する対象が生命・身体に対する侵害であることが明確であるということなのである。そのため、「医療事故については安易な謝罪はしないでください」と、そして単純ミスということが明確な場合には「これは早急に謝罪してください」とアドバイスしている。

司法・行政、マスコミへの対応

 それから司法・行政対応としては、医師法21条で異状死届出義務というものが科されている。消毒液を静注してしまった都立広尾病院事件では、院長が異状死届出義務に違反したために、最高裁までいき有罪判決を受けている。この事件は平成11年2月、横浜市立大学の患者取り違え事件や杏林大学の割り箸事件と全く同じ年に起こっているが、平成11年の異状死届出件数は41件だった。それが平成12年になると124件と3倍に増えており、しかも医療機関側からの届出がすごく増えているのである。医療機関側としては患者さんが急変して亡くなった場合、異状死に当たるのかどうかはなかなか判断がつかないので、とりあえず警察に届けておいて判断してもらおうという傾向が顕著になってきたということである。
 医療事故が発生した場合のマスコミへの対応は外部公表基準を予め定めておき、それに従って対応することが重要である。後でマスコミからなぜ公表しなかったのかと言われた時に返答に窮することになるので、患者さん家族の同意が得られない場合には公表をしないといった基準を作っておく必要がある。

顧問弁護士への相談

 また、エホバの証人輸血拒否事件などのようなケースでは法的な判断が必要となってくるので、顧問弁護士への相談は重要となる。私自身、興味深い事例を経験したので紹介させていただくと、24歳の女性患者さんで職業はモデルであった。モデルといっても露出が多いモデルだったのだが、その方が急性腹症で救急搬送されて虫垂炎と診断され、腹部の所見で腹膜炎の炎症反応が高くなり、腹膜炎の前兆ではないかということになった。そのため手術適応と判断し手術を勧めたのだが、本人はモデルということで体に傷が残ることを極端に嫌い同意が得られず、家族とも連絡が取れないうちに症状は進行していったというものである。これはどういう状況かというと、手術をした場合は同意なく手術をしたということで医師は傷害罪という犯罪に問われる可能性がある。また同様に、患者さん本人は手術をしないでくれと言っていたので、その患者さんから損害賠償請求を受ける可能性もある。逆に患者さんの言うとおりに従って手術をしないという判断をし、そして患者さんが亡くなってしまった場合、担当医は不作為による殺人罪という罪に問われる危険性がある。さらに患者さんが亡くなったあとに、その家族が出てきて「なぜ手術しなかったのだ」ということで、遺族から死亡についての損害賠償が請求されることになる。24歳女性なので5〜6千万円の請求がなされるリスクもある。こういったときに弁護士が即座に判断することが必要となるが、この場合には病院から携帯に連絡がありアドバイスし、事なきを得たのである。

保険会社への連絡

 あまり気にされないところもあるのだが、保険会社への連絡というのも事故対応で重要となる。保険約款で事故について遅滞なく書面で通知しないと、保険金が得られない場合があるということになっている。実際、自動車事故などで保険会社への通知がなされないまま勝手に示談したという場合に、保険金が支払われないというケースも裁判例上見受けられる。
 医師・病院賠償責任保険の注意点としては、あくまで法律上の賠償責任があることが前提である。よく開業医の先生から「患者さんから請求があったら保険金で出るのだろう。何のための保険だ」と怒られるが、ミスがあってそれによって患者さんに障害結果とか死亡結果が発生した場合に出る保険で、請求があれば出るというものではないのである。自動車保険のような示談代行サービスはないが、弁護士の紹介を受けることはできる。そして〈医療事故クレーム〉であれば、法的責任の有無に関わらず弁護士費用は全額填補される。少しややこしいのだが、賠償責任がないと患者さんに支払うべき賠償金は出ないが、医療事故に関するクレームであれば弁護士費用は全て出る。ただ、医療事故に関するクレームでないと弁護士費用も出ない。最近は病院だけではなく、スタッフ個人を被告として訴えるケースもあるし、稀にスタッフ個人だけを訴えてくるケースもあるので、病院のスタッフ個人も賠償責任保険に加入しておくことが望ましい。

事故当事者スタッフに対する精神的ケアなど

 医療事故が発生した場合には事実経過を詳細に記録し、カルテの改ざん等は絶対に行なわないように言っている。カルテの改ざんを行なったために逮捕までいった事件として、慈恵医大青戸病院事件や東京女子医大事件がある。東京女子医大事件の場合にはカルテを改ざんした医師が証拠隠滅で有罪となったが、人工心肺装置の操作を行ないミスが疑がわれた医師は無罪という非常に皮肉な結論となっている。結局、ミスがなかったのにカルテを改ざんしたことで有罪になってしまったという事件である。
 事故当事者スタッフに対する精神的ケアは非常に重要である。医療事故裁判の当事者としてストレスを抱えていた担当看護師が別の患者さんから激しいクレームを受けるといったことがあり、その看護師が自殺をしてしまったという非常に悲しい事件があった。しかも、さらに大変なことに、看護師の遺族が病院に対して安全配慮義務違反に基づいて損害賠償請求をしたのである。この賠償請求の場合には賠償責任保険で填補されないので、病院側にとっては非常に大変なことになるのである。

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医療を崩壊させないためには

 「医療機関は診察・治療の求めがあった場合には、正当な事由がなければこれを拒否することができない」と医師法19条に定められている。医療機関でよく問われるのは、未収患者が救急外来を受診した場合、入院誓約書への署名を拒否した人やトラブルの耐えない人の場合にこういった人を拒否してよいのかという相談が多いが、これについて現在では「場合によっては弁護士と相談のうえ拒否してください」と言っている。過去の厚生労働省の通知などでは、“未収患者がいても診療拒否をしてはいけない”というような通達などが出ているが、そういったことを踏まえつつも代理人弁護士としては受診拒否の方針をとったりしている。また、社会的入院などで問題となったりするが、どうしても出て行かない患者さんとか非常に暴言が激しい患者さんなどについて強制退院という手続きを、裁判所を通じて取ったりすることもある。
 最後に、医療を崩壊させないための社会的対策と医療・司法のありようとしては、

  1. 不当要求に屈せずスタッフと医療提供体制を守ること、
  2. 医療現場への不当な司法の介入を防ぐこと、
  3. 医療界の自立こそが司法の介入抑制につながる、
 ということである。
 また、改正検察審査会法の施行により、医療事件について不起訴不当が増える恐れがあり、医療崩壊の加速や、国民の適切な医療を受ける権利に支障が出ることが懸念されている。そこで、他業種や各国の制度等を参考にしつつ、国民・医療者の納得できるような医師自立システムが構築されることが望ましい。さらに、法を駆使して〈不当要求〉に対峙し、医療事故に対しても適切に対処することが不可欠である。

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