「上司がわかってくれない」「部下が思うように動かない」「なぜ頑張っているのに評価されないのか」――。
日々の仕事のなかで感じる違和感や迷い。その答えを考えるヒントは、ドラッカーの言葉のなかにあるかもしれません。
本連載では、マネジメントの父ピーター・F・ドラッカーの視点を手がかりに、現代の職場で起こるリアルな課題を読み解いていきます。
執筆者は、2005年に外国人編集者として最後となるドラッカー本人への単独インタビューを行った、ものつくり大学教授・NPO法人ドラッカー学会共同代表理事の井坂康志先生です。
はじめに取り上げるテーマは「上司をマネジメントする」。上司の欠点を数えるのは簡単ですが、それで成果は上がるでしょうか。上司を観察し、その強みを活かす――。ドラッカーならではの視点から、仕事や組織との向き合い方を考えていきます。
(文:D-OMNi編集部)
上司はわかってくれない
Photo:Adobe Stock
午後8時23分――。
閑散とし始めたオフィスで、若手マネージャーの並木さんはパソコンの画面を前にため息をついた。
発端は3日前、直属の部長からの「あの新規案件、並木の裁量で自由に企画をまとめてみて。期待しているよ」という一言。
通常業務の合間を縫って現場の課題を洗い出し、関係各所との調整に奔走し、まあまあ見られるレベルの提案書を完成させた。
しかし今日の夕方、提出した企画書を一瞥するなり、部長はこう言い放った。
「うーん、なんか違うんだよね。もっと全体的にインパクトが欲しいというか。そもそも、今期の予算枠とか意識してる?」
当初の指示に具体的な要件も予算の提示も一切なかったにもかかわらず、である。
並木さんの脳裏には「ここまでやった苦労も知らないで」という上司への不満と、これまでの時間が無駄になった徒労が渦巻いていた。
きっと今日は眠れないだろうな。
並木さんはそう思った。
指示が曖昧である。現場の状況を無視した非現実的な要求を押し付けてくるし、決断は遅くプロジェクトが停滞する
……。
どんな組織においても日常的に繰り返される風景です。
日々、現場の最前線で業務に奔走する若手管理職やリーダー候補の皆様にとって、最大の障害は、往々にしてこうした上司への軽い失望に端を発しています。
上司は最もパワフルな資源
こうした不満は心理的ストレスにとどまらず、業務遂行を阻害します。
しかし、ここで一つの事実があります。居酒屋で愚痴をこぼし、あるいは「上司が変わってくれれば」と願うことで、仕事の成果は1ミリでも向上したか。
答えは否。それだけは間違いない。
他人の性格や行動を変えようとする試みほど人類が時間と労力をかけて取り組み、最も不成功に終わったプロジェクトはありません。ビジネスにおいて投資対効果の著しく低い、あるいは無意味な行為の一つです。
マネジメントの父と呼ばれるピーター・F・ドラッカーは、この問題に対してやや違った角度からの提案を行っています。
それが「上司のマネジメント」です。
ここで首をかしげる方もいるかもしれません。
上司のマネジメント?
部下が、上司を?
なんだか、犬が飼い主を散歩させてるみたいな。
そう。間違っていません。実際私は犬を散歩させている人を見ると、犬が飼い主を散歩させているように見えることがよくあります。
犬の散歩ならいいのですが、こと仕事にかかわると物事は深刻です。
マネジメントの本来の目的が「手持ちの資源を有効に活用し、成果を最大化すること」であるならば、上司とは、あなたの目標達成のために活用すべき「最もパワフルな資源」にほかなりません。
上司が持つ権限、人脈、情報は、あなたの仕事を前進させるための強力な道具になり得るのです。
上司もまた生身の人間
私たちはしばしば、上司に対して「完璧な管理者」であることを無意識に期待してしまいます。全知全能、常に的確な指示を出し、部下を正当に評価すべきという幻想です。しかし、少し観察すれば明らかなように、上司もまた強みと弱みを持った一人の人間にすぎません。
当たり前のことです。
けれどもこの当たり前がわかっていない人がびっくりするほど多いのです。
上司だってふつうの人間です。風邪もひくし、スマホだって見ます。貧乏ゆすりもするし、運が悪ければ財布だって落とします。
ドラッカーは、他人の弱みに焦点を合わせることは無意味であり、組織にとって害悪であると説きました。著書『経営者の条件』において、明確な指針を示しています。
「成果をあげるには、上司の強みを生かさなければならない。(中略)上司の強みを生かすことは、部下自身が成果をあげる鍵である」
この原則は、いかなる組織においても例外なく適用されます。上司の欠点や能力不足を嘆くことは、自らの限ら
れたエネルギーの浪費以外の何ものでもありません。成果には一切結びつきません。
今、皆様に求められているのは、視点の転換です。
かつてJ・F・ケネディは大統領就任演説で、次のように述べました。
「アメリカが自分に何をしてくれるかを考えないでください。自分がアメリカに何ができるかを考えてほしいのです」。
上司に対しても同じです。
「上司が自分に何をしてくれるか(あるいは、してくれないか)」という態度から、「自分の成果を上げるために、上司の強みをいかに活用するか」というアプローチへのシフトです。
これは仕事におけるコペルニクス的転回といってよいでしょう。
上司の「強み」と「ワークスタイル」を観察する
上司をマネジメントするための第一歩は、観察者に徹することです。
あたかも動物学者がアリクイの生態を観察するみたいに。
感情のフィルターを外し、以下の問いを立ててみてください。
- 「私の上司は、どんなところに突出しているか?」
- 「上司が成果を上げるために、どのようなときにいきいきしているか?」
- 「上司がその上から求められている目標や、抱えているプレッシャーは何か?」
例えば、情報のインプット方法一つをとっても、特性があります。「読む」ことで情報を理解する「読み手」なのか、「聞く」ことで理解する「聞き手」なのか。
もし上司が「読み手」であるならば、最初に口頭で詳細な報告を行うことは得策とは言えません。
冒頭の例で言えば、指示を受けた直後にA4一枚の企画骨子(予算枠や方向性の確認を含む)を提出し、それを読ませた上で着手することが、最も効率的なマネジメントになります。
逆に「聞き手」の上司に分厚い資料を送りつけても、スルーされて、意思決定は遅れるばかりでしょう。
あるいは、上司が「大風呂敷を広げること」や「他部署との粘り強い交渉」に優れている反面、「細部の進行管理」が苦手であるなら、あなたがその弱みを補完する形で業務を引き受ければよいのです。
これが上司のマネジメントの要諦です。要するに、上司を本来の役割に専念させることです。
Photo:生成AI作成
自らの道を開くための合理的戦略
「上司をマネジメントする」とは、上司にごまをすったり、誘導してやろうという駆け引きではありません。
それは、上司が成果を上げることを助け、結果として自らの仕事の障害を除去し、成果を最大化するためのいたって有効な方法なのです。
変えられない他人の弱みを嘆くことに時間を費やすのは、今日限りで終わりにしましょう。
ある日突然上司が悔い改めて、すべて自分の言うことを聞くようになったという話など聞いたことがありません。
明日、職場に出たら、まずは一人の観察者としてビジネスパーソンとして上司を観察してみてください。
やってみるとけっこうおもしろいですよ。
彼らはどんな強みを持ち、あなたはその強みを自分の仕事のためにどう活用できるのか。
この問いを持った瞬間から、視界は大きくひらけ、次の一歩を踏み出す行動が見えてくるはずです。
完璧な上司など存在しないのですから、その不完全な上司を、自身の成果のための最大の味方に変えられるかどうかは、自身のクールな観察眼とマネジメント力にかかっているのです。
要は、上司をマネジメントできるかどうかが、仕事で成果を上げるうえでの「腕の見せどころ」というわけですね。
最後に一つ、ドラッカーがくぎを刺していることがあります。
「上司の弱みを突いてあなたが得るものなど何もない」。
これは読んでそのまま、率直な真実です。
あえて説明いたしませんし、その必要もないでしょう。
この記事の執筆者
井坂 康志(いさか やすし)
ものつくり大学教養教育センター教授
NPO法人ドラッカー学会共同代表理事
1972年埼玉県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得満期退学。博士(商学)。2005年、カリフォルニアの自宅にて、外国人編集者として最後となるP.F.ドラッカーへの単独インタビューを行う。専門は経営学、社会情報学。
著書に『ピーター・ドラッカー――「マネジメントの父」の実像』(岩波新書、日本リスクマネジメント学会優秀著作賞)、『P. F. ドラッカー――マネジメント思想の源流と展望』(文眞堂、経営学史学会奨励賞)等多数。訳書に『ハーフタイム』『アメリカは内戦に向かうのか』『緊縮資本主義』『世界は負債で回っている』(いずれも東洋経済新報社)等がある。