「世界に匹敵する一流リゾート」を三浦に
Photo:岩礁と緑の崖が連なる三浦市・城ヶ島の海岸(筆者撮影)
波が打ち寄せる岩場に、そそりたつ緑の崖。海では遠くに大型船がゆっくりと行き来する。
神奈川県の東南、三浦半島・城ヶ島は、四季を通じて観光客が絶えない人気の観光スポットだ。2013年には訪日外国人向け旅行ガイド「ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン」において2つ星評価で紹介されたこともある。
そんな城ヶ島を擁する三浦市は、いま市の今後を方向づける大型プロジェクトを推進している。富裕向けのリゾート施設の開発事業、「海業(うみぎょう)プロジェクト」だ。
同事業は自治体が推進するものとしては珍しい贅沢なものだ。
海に面した巨大な埋立地。そこに富裕層向けの高級宿泊施設を建設、海側には大型クルーザーを係留するマリーナをつくり、その脇にはヘリポートも擁す。食については、三浦特産の魚や肉、野菜を活かした超一流の味を提供する。
Photo:二町谷地区で進む「海業プロジェクト」の完成想像図(提供:三浦市)
目指しているのはモナコやニース(フランス)だと同プロジェクトの責任者で同市の副市長、徳江卓氏が言う。
「いわゆるヨーロッパの高級リゾートです。関係者は『世界に匹敵する一流リゾートをつくろう』という思いで一致しています」
もとより三浦市はミシュランで評価されたように、風光明媚な土地、豊かな食という強みがある。
三浦市には「城ヶ島」のほか、東には海水浴ができる長い砂浜の「三浦海岸」、西には水源から川、海にまで至る流域が残る「小網代の森」およびその周辺に別荘エリアがある。
食では、海にはマグロで名高い三崎港で水揚げされた新鮮な魚介類が、陸には広大な高台で育つ三浦大根やスイカが全国的な知名度を誇る。
どちらも三浦市を象徴するものだったが、今回のプロジェクトでは、その感覚をより研ぎ澄ませた形で富裕層を取り込む狙いがある。
Photo:「海業プロジェクト」の責任者を務める三浦市副市長・徳江卓氏(筆者撮影)
なぜ三浦市はこうした方向に動き出したのか。尋ねると、徳江氏は少し照れたように「じつは最初から富裕層向けというわけではなかったんです」と語った。
「いまから30年前、マグロを加工する集積地をつくろうと埋め立てを始めたのが最初です。ところが、それがうまく進まなかったんです」
売れない埋立地から始まった「海業」
三崎港に隣接する二町谷(ふたまちや)地区。そこが現在の海業プロジェクトの舞台となっている埋立地だ。公共残土を活用する形で埋め立てを始めたのが1996年。東京ドーム2.8個分に相当する13.3ha(事業用地は8.7ha)という広大な土地はなかなか完成せず、分譲できる状態に至ったのは11年後の2007年のことだった。
市内に分散していたマグロ加工事業者の集積等を目的として水産物流通加工業務団地を構想。加工業者への分譲を開始した。
だが、なかなか土地は売れなかった。市内から県外へと事業者の範囲を拡げる中、市内以外への分譲が困難なこと気づいていったと徳江氏は言う。
「まず二町谷の場所が高速道路の入口から遠い。そのため市外から進出してくるには、物流に時間がかかる。にもかかわらず、三浦は他県より土地の値段が高い。なので、業者にとってあまり三浦に拠点を構えるメリットがないと。そこで買い手がつかなかったのです」
Photo:「海業プロジェクト」の舞台となる二町谷地区の埋立地(筆者撮影)
公社による埋め立てなどの整備費用は約360億円。それを市が地方債などで買い上げた額は約108億円。市の一般会計が220億円という中、借金は重く財政にのしかかった。
「多額の借金で当初は苦しい状態になりました。売るには土地の目的変更が必須と考えた。そこで県や水産庁と協議したところ、県から用途転換には需要見込みが必要、需要があれば変更の可能性があるとのこと。需要が見込めそうな転換先はやはり観光だろうという話になりました」
2016年、敷地4区画のうち1区画を水産関連施設用地、3区画を多目的活用事業用地とし、事業者の募集を始めた。不動産鑑定による販売価格は約27億円。整備費用を大幅に下回る価格での販売となった。
最初に手を挙げたのは、富裕層が所有する高級クルーザーなどを販売する安田造船所(東京都)だった。優先交渉権をもって市と交渉する中で、安田はもう1社、別の企業を招き入れた。「バンテリン」などの医薬品で知られる興和(愛知県)だ。
この安田と興和の参加で事業が確実に進められることになったと徳江氏は言う。
「興和はオーナー企業で、トップの判断が迅速。資金力も豊富なうえ、以前から『エスパシオ』というホテルブランドを運営している。ノウハウも含め、さまざまな意味でふさわしい企業がついてくれました」
Photo:300フィート級(約91m)の大型クルーザーが係留可能な、二町谷地区の浮き桟橋(筆者撮影)
PPP(Public Private Partnership、官民連携)の考えのもと、2020年、市は安田と興和で土地売買契約を締結、2022年に事業計画が提出された。計画が進むなかで徳江氏が印象深く思ったのは、両者が「海を使う」姿勢でいたことだった。
「彼らからの要望が一点、浮き桟橋を設置したいということでした。二町谷は基本的には漁港として設置されているので、岸壁はただのコンクリート。高級クルーザーを係留したら、傷だらけになってしまいます。桟橋をつくれる主体は基本的には自治体か漁協ですが、市にお金はない。そこで、設置主体は市となるが、建設経費は事業者側に出してもらうと。県とそうした調整をして、双方が折り合える形にしたわけです」
同年、300フィート級(約91m)の大型クルーザーの係留が可能な浮き桟橋の供用が開始されるとともに、二町谷敷地内でブランディングイベント「三浦ランデブー」も開催された。
Photo:大型クルーザーやスーパーカーが集結したブランディングイベント「三浦ランデブー」(提供:三浦市)
同イベントは「究極の大人の遊び場」をテーマにさまざまなラグジュアリーブランドに触れてもらうというもの。浮き桟橋には大型クルーザーが係留され、陸には欧州高級ブランド家具の出展のほか、イタリアの高級車、スーパーカーが50台以上集結。野外スペースには飲食店も出展して多くの人が集まるイベントを開催した。
2023年には観光庁の実証実験の形で、三浦の食材を活かした「三浦市ガストロノミー・ツーリズム」を開催。二町谷の現地にトレーラーハウス、キッチンカーを用意して、最高の食事を提供するという試みをした。市内で栽培された欧州野菜や三浦牛などを元に、都内高級店から招いたシェフが調理、アメリカ商工会議所のスタッフを招いて催しも行われた。
こうした助走期間で確認していたのは、高付加価値の付け方だったという。
「最高の食材で最高の食事を提供する。野菜、魚、肉など三浦での素材の魅力はありますが、いままでの三浦市では出せていないレベルはある。それを実験的にやってみようというのがガストロノミーでした」
こうした一連の試みは、自治体側がハイステージとは何かを学ぶ場でもあった。富裕層が何を求め、どういうものにお金を支払い、何をもって満足するのか。それを体験的に学ぶことが、この二町谷の事業を先に進める駆動力になっていた。
ただ、三浦市が「なぜ」富裕層を呼び込もうとしたのかという点は、こうした事業の外だけでは見えてこない。それは観光地として格上げだけを狙ったものではなく、一般市民も見据えた行政としての別の思い、別の狙いもあった。
(後編に続く)
※後編は8/28日(金)10:00に公開いたします。
この記事の執筆者
森 健(もり けん)
ジャーナリスト
専修大学非常勤講師
1968年東京生まれ。早稲田大学法学部卒。2012年、『「つなみ」の子どもたち』(文藝春秋)と作文集『つなみ』(同)の企画で第43
回大宅壮一ノンフィクション賞受賞。2015年、『小倉昌男 祈りと経営』(小学館)で第22回小学館ノンフィクション大賞受賞、2017年、同書で第1回大宅壮―メモリアル日本ノンフィクション大賞、ビジネス書大賞2017 年・審査員特別賞受賞。2023年、「安倍元首相暗殺と統一教会」で第84回文藝春秋読者賞受賞。
著書:『勤めないという生き方』(KADOKAWA)、『グーグルアマゾン化する社会』(光文社)、『就活って何だ』(文藝春秋)、ほか