体が触れて安心する相手は、微生物がチェック済?
それでは予告通り、恋に落ちる「第2段階」からお話をはじめます。
「この人いいかも?」「話も合うみたい!」と少しずつ距離が縮まってくると肌の触れ合いが増えてきます。
「手を繋ぐ」「ハグをする」と言った、恋人らしい距離感になったとき、あなたと一緒にいる微生物たちは、にわかに騒がしくなります。
対人距離が30cm以内になって体が密着すると、自分と相手の皮膚の上にいる共生微生物たちが、会話を始めるからです。
これを“細胞間のクロストーク”と呼びます。
などと言っているかはわかりませんが、お互いにさらに親密になっても大丈夫そうか、微生物同士が相性を確認し合っているのです。
同時に肌が触れ合うと、温度や痛みなどの刺激を感知する“TRPチャネル”というセンサーが働いて、脊髄から大脳に情報が伝わります。
これにより、安心感をもたらす「オキシトシン」や、興奮を高める「ドーパミン」などの脳内ホルモンが分泌され、「うれしい」「心地いい」という感情が湧き上がります。
つまり、手が触れたときに「ビビッ!」ときたり安心したりするのは、単なる気のせいではありません。あなたの脳の神経回路と、体表の微生物たちがダブルで働いた結果だったのです。
よく、「肌が合う」「肌が合わない」と言われますが、これはあなたの感覚であると同時に、あなたと一緒に生きている微生物たちがチェックしているとも言えます。
ちなみにこの「30cm以内」という距離は、苦手な相手の場合は「警戒心」や「ストレス」が生まれる近さです。肌が触れ合って安心できるのは、相手に対してオープンになれている証拠なのです。
画像:生成AI作成
“キス”には深〜い理由があった
そしてお付き合いがはじまり、最高にドキドキするのがキスを交わす瞬間でしょう。
なぜ人は「キス」をするのか? 考えてみれば不思議な行為で、その理由を生物学的に掘り下げてみると、第3段階に入っても微生物たちの驚くべき働きが見えてきます。
ご存知のとおり、人の口の中はたくさんの細菌が棲んでいます。皮膚の表面よりも粘膜である口腔内の方が圧倒的に多いからです。
そのためキスをすると、お互いの微生物たちが行き来することになります。
これは先月号にお話しした、「白いTシャツの匂いで相手の遺伝子の型をチェックする」仕組みと似ています。自分とは異なる遺伝子の型かどうかを、今度は粘膜が触れ合って微生物たちが確認しているのです。
つまり生物学的に見ると「自分と遠い遺伝子を持つ相手」を見極め、より健康で強い子孫を残すための戦略的本能と言えます。
さらにキスには、もうひとつ重要な役割があります。
キスによって交わされた細菌は、相性をチェックするだけではありません。お互いの共生細菌を共有することで、他人だった二人の体(腸内細菌など)のマッチング度を高めていくのです。
これは卵子が精子という異物を受け入れ、将来妊娠したときに、母体が受精後に赤ちゃんを拒絶しないための大切なプロセスです。
本来ならパートナーの精子は、母体にとっては外から入ってきた「異物」です。そのため花粉症のように、アレルギー反応(拒絶反応)が起きてもおかしくありません。
ところが、お付き合いの過程で「手を繋ぐ→抱き合う→キスをする」という段階を踏み、相手の微生物にくり返し触れることで「この相手は安全だ」と学習していくのです。これを『免疫学的寛容』と言います。
こうして免疫が過剰に攻撃しないように抑制されて、無事に妊娠を維持できる体に整えていきます。
一見ロマンチックな感情で動いているように見える人の営みも、意外とその多くは微生物たちにコントロールされているのかもしれません。
画像:生成AI作成
命を紡ぐ、微生物たちの戦略
このように私たちは恋に落ちるまでには、手順があります。
話しをする→食事をする→デートで手を繋ぐ→ハグをする→見つめ合い、キスをする
このステップに合わせて、微生物たちも段階を踏んでアプローチを進めています。
実はこれ、第1回でお話しした「ミトコンドリアがヒトの細胞の中で共生するようになった歴史」と同じです。
あなたの中の微生物たちにとっても、次の世代へ『住処を確保』するために、極めて重要な生存戦略だったのです。
なぜならあなたの細胞の中にいるミトコンドリアや、腸内細菌などの微生物たちは母親から子供へと受け継がれる運命にあるからです。
つまり微生物は自分たちの「種の保存」のために、パートナーの遺伝子の型を慎重に見定め、妊娠を維持して次の宿主(赤ちゃん)が生まれるように、段階を踏んでサポートしてくれていたわけです。
私たちの恋模様は、微生物たちが演出家となって未来へと命を紡ぐひとつの物語と言えるでしょう。
次回は燃え上がった恋が「家族愛」へと変わっていくとき、微生物たちがどのように関わるのか、そのお話へと進めていきたいと思います。
「肌が合う」という感覚には、体の仕組みにも理由があるようです。
そばにいるだけでほっとできる相手は、皮膚に住む微生物たちの「相性チェック」をすでに通過しているのかもしれません。
なぜその人を特別に感じるのか。言葉ではうまく説明できなくても、あなたの細胞たちは、その理由をちゃんと知っています。
この記事の執筆者
姫野 友美(ひめの ともみ)
ひめのともみクリニック院長
医療法人社団 友徳発心会 ひめのともみクリニック 院長、元日本薬科大学薬学科 教授、心療内科医、医学博士。
東京医科歯科大学(現東京科学大学)医学部卒業後、九州大学医学部心療内科勤務を経て現クリニック開設。
テレビ東京「主治医が見つかる診療所」などラジオ、新聞、雑誌でもストレスによる病気・症候群などのコメンテーターとして活躍。
『心療内科に行く前に食事を変えなさい』(青春出版社)
男女のすれ違いを腸で解決する驚きの最新医学『急に不機嫌になる女 無関心になる男』(青春出版社)
『認知症になりたくなければラーメンをやめなさい』(講談社)など著書多数。
最新刊は『ごはんを変えると人生が変わる』(大和書房)
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