上司との向き合い方――カーペットの下の象【第2回】

上司との向き合い方――カーペットの下の象【第2回】
組織とマネジメント
2026/08/07
連載:現場の視界をひらくドラッカーの問い

「上司がわかってくれない」「部下が思うように動かない」「なぜ頑張っているのに評価されないのか」――。
日々の仕事のなかで感じる違和感や迷い。その答えを考えるヒントは、ドラッカーの言葉のなかにあるかもしれません。
本連載では、マネジメントの父ピーター・F・ドラッカーの視点を手がかりに、現代の職場で起こるリアルな課題を読み解いていきます。
執筆者は、2005年に外国人編集者として最後となるドラッカー本人への単独インタビューを行った、ものつくり大学教授・NPO法人ドラッカー学会共同代表理事の井坂康志先生です。
はじめに取り上げるテーマは「上司をマネジメントする」。上司の欠点を数えるのは簡単ですが、それで成果は上がるでしょうか。上司を観察し、その強みを活かす――。ドラッカーならではの視点から、仕事や組織との向き合い方を考えていきます。

(文:D-OMNi編集部)

その報告、本当に「落ち着いてから」で大丈夫?

Photo:Adobe Stock

午後3時――。

オフィスの隅のミーティングスペースで、プロジェクトリーダーの並木さんは頭を抱えていました。
先ほど、だいじなクライアントから仕様の認識違いによるクレームが入ったのです。納期は目前、現場の空気はぴりぴりしています。
直属の部長は現在、別件のトラブル対応でひどく苛立っている様子。今このクレームを報告すれば、火に油を注ぎ、かなりやばい状況になるのは、素人でもわかります。

「よし、まずは現場でなんとかしよう。事態が少し落ち着いてから報告したほうが、部長も安心するはずだ」

そう考えた並木さんは、自らの判断でスケジュールの引き直しとクライアント対応に奔走し始めました。
しかし、現実は常に心温まるものではありません。

2週間後、問題は収束するどころかさらにこじれます。ついにクライアントの役員から、部長のさらに上の本部長へと電話で怒鳴り込まれる事態に発展してしまったのです。

「なぜ、もっと早く報告しなかったんだ!」

青ざめる並木さんの前で、部長の怒号が響き渡ります。


――いかがでしょうか。

「上司を心配させたくない」「自分の力でなんとかできるはずだ」という思いから、悪い報告を後回しにしてしまう。
これは、若手からベテランに至るまで、あらゆるビジネスパーソンが陥りがちな罠です。この種の問題は大小問わず四六時中起こっていますし、働く人なら誰にでも程度の差はあれ覚えがあるでしょう。

今回は、このことについて、ドラッカーの視点から紐解いていきます。

 

「象をカーペットの下に隠してはなりません」

Photo:生成AI作成

ドラッカーは、マネジメントの観点から、タイプを問わずあらゆる上司に通用するタブーがあると指摘しています。

それが「問題を隠そうとすること」です。

ドラッカーはこれを、「象をカーペットの下に隠そうとしてはなりません」という言い回しで語っています。

ドラッカー自身、20代の頃にこの過ちを犯したと告白しています。ロンドンの金融会社で働いていた時のこと、トップがおもむろに彼のところにやってきて、こう忠告したというのです。

「ドラッカーさん、またやってしまいましたね。問題を隠しては駄目です。もう一度やったら、辞めてもらわなければなりません」

この一言で、彼は以来、問題を隠すことはしなくなったと述べています。
上司に対して問題を隠すことがなぜそれほどまでにまずいのか。結果的に上司への不意打ちにつながるからです。

ドラッカーは、「不意打ちだけは絶対に避けなければならない」と釘を刺しています。不意打ちには良いも悪いもありません。ただ、避けなければならない。なぜなら、上司にもまた上司がいるからです。

冒頭の並木さんのケースのように、直属部長の預かり知らぬところで、上の本部長やクライアントの役員から問題を指摘されるほどの屈辱はありません。
問題がこじれる前であれば、何とか責任者同士の協議で関係を修復できたかもしれません。しかし、不意打ちで事態が露見した今となっては、すでに手遅れです。信頼関係は壊れてしまっているのです。

「善意が靴ひもを結んでいる間に、悪意は地球を半周する」とはマーク・トウェインの言です。ただでさえ俊足の悪い情報を隠しておくことなどできはしません。さっさとテーブルに上げることです。しかも、どう対処するつもりなのかの案とともにです。

これが、上司をマネジメントするうえでの最低限の作法とドラッカーは言います。

「ご主人様には、二度呼ばれてから」

とはいえ、ここで一つの問題が生じます。

いわゆる報連相がだいじなのはわかるけれども、これをあまり熱心に行い過ぎるとそれはそれで上司の制約になるからです。あまりにも精密に行うと業務が回らなくなってしまうのです。
「些細なことでも、こまめに報告・相談すべきだ」と考えるあまり、上司の時間を際限なく奪ってしまう。

ものごとにはほどほどというものがあるのです。
上司が「部下たちが時間をとる」とこぼしているのも事実。
上司をマネジメントするなら、ここが頭の使いどころというわけですから、「上司の時間をどう使わせてもらうか」を考えなければなりません。

ドラッカーはドイツの箴言を紹介しています。
「ご主人様には、二度呼ばれてから顔を出す」。

なかなかにウィットを含んだ言葉です。

上司の視界に入らないほど遠ざかってはいけないが、少しのことでいちいち顔を出し、相手の思考や業務を中断させるべきではない。
上司のワークスタイルに合わせて、ここぞというタイミングで適切に懐に飛び込む感覚が求められるというのです。これが「二回呼ばれる」の意味するところです。

見くびるな、読心術を要求するな

上司の懐に飛び込むタイミングを見計らう上で、私たちが常に念頭に置くべき事実があります。これは大事なことなので何度でも繰り返しますが、「上司もまた一人の人間だということです」。
ドラッカーは、多くの部下が無自覚に陥る致命的な罠を指摘しています。

それは、上司に対して読心術を要求してしまうことです。

いかに有能な上司であろうと、生身の人間が読心術などできるはずもないのです。
「がんばっていると言わずとも察してくれるはずだ」「業務が過重なのは十分理解しているはずだ」といった以心伝心など一切通用しません。
「当たり前のことは、誰にとっても当たり前なのではない」。こんな当たり前のことがわかっていない人があまりにも多いのです。

したがって、何をしようとしているか、何を必要としているか、そして上司にしてもらいたいことを彼に教えるのは、他の誰でもない部下の役目なのです。

上司が期待通りに動いてくれないのだとすれば、それは上司の力不足ではありません。ただ上司に読心術を要求している側の問題です。自身の情報入力が根本的に不足しているのです。

さらにドラッカーは、部下として絶対に犯してはならない深刻な過ちとして、「上司を見くびっていることを当の上司に知られること」を挙げています。
「こんなことを言ってもわからないだろう」「どうせ報告しても理解できないだろう」と高を括って情報を遮断する態度です。これはマネジメントを破壊しかねない背任行為と言えます。

一方で、上司を買いかぶることはどうか。こちらは失うものは何もなく、かえってよいことしかないでしょうとドラッカーは言います。ですから、上司をどんどん買いかぶりましょう。
しかし、絶対に見くびってはなりません。

上司とは「言わなければ決して伝わらない」という絶対的な前提に立ち、要求事項を自ら能動的かつ冷徹に入力し続ける作法が求められます。手ぶらで近づくことなど許されません。
相手を甘く見ることは、それ自体すでに失敗の一部なのだと心得るべきです。

10分の面談に、100分の準備を

では、いざ上司の時間を確保し、部屋へ向かう際には何が必要でしょうか。
ドラッカーの答えは明快です。

「会う時間の10倍の時間を、準備に費やす」のです。

上司に会って何を得たいのか、何のために会うのか、何を決めてもらいたいのか、あるいは何について助言を求めているのかを、事前に徹底的に考えておかなければなりません。

「今日は、この案件について決定していただきたいことがあって来ました」
「今日はお聞きしたいことではなく、事前にお耳に入れておくべき事実をお伝えするために来ました」
「先日決められた方針の意図が正しく理解できませんでした。具体的なアクションについて助言をいただきたく来ました」

このように、面談の目的をシャープに研ぎ澄ますのです。
上司には時間がありません。たとえ10分であっても、何の成果も生まない時間を過ごさせてはならないのです。

「上司をマネジメントする」とは、上司を操ることではありません。

事実を共有し、不意打ちを避け、完璧な準備をもって意思決定を引き出す。この真摯な行動の積み重ねこそが、不完全な上司を最大の支援者へと変える、唯一にして最強のアプローチなのです。

この記事の執筆者

井坂 康志(いさか やすし)

ものつくり大学教養教育センター教授
NPO法人ドラッカー学会共同代表理事

1972年埼玉県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得満期退学。博士(商学)。2005年、カリフォルニアの自宅にて、外国人編集者として最後となるP.F.ドラッカーへの単独インタビューを行う。専門は経営学、社会情報学。
著書に『ピーター・ドラッカー――「マネジメントの父」の実像』(岩波新書、日本リスクマネジメント学会優秀著作賞)、『P. F. ドラッカー――マネジメント思想の源流と展望』(文眞堂、経営学史学会奨励賞)等多数。訳書に『ハーフタイム』『アメリカは内戦に向かうのか』『緊縮資本主義』『世界は負債で回っている』(いずれも東洋経済新報社)等がある。

キーワード:組織チーム上司部下学び働き方
マネジメント悩みドラッカー
連載名:連載:現場の視界をひらくドラッカーの問い
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