私たちの判断や感情、人との関係の築き方は、思っている以上に脳や腸の働きの影響を受けています。 その状態を整えることで、仕事への向き合い方だけでなく、家族や身近な人との関係、日々の行動や意欲のあり方にも変化が生まれていきます。 筆者は、心療内科医・医学博士として、ストレスによる不調や食事と心身の関係について、診療や著書、メディアを通じて発信してきた姫野友美先生。 本連載では、脳と腸のしくみを手がかりに、人生全体のコンディションを整える視点をお届けします。
(文:D-OMNi編集部)
目次
前回までのお話しのとおり、私たちが恋に落ちるまでには腸内細菌をはじめとする微生物が3つの段階を経てチェックをし、「マッチングOK!」と裏でゴーサインを出しています。 しかし微生物によって始まった恋には「賞味期限」があります。 情熱的な恋を持続させる恋愛ホルモンは3年目から減りはじめ、4年目には消えてしまうことが科学的にわかっているからです。 それでも4年目以降も、愛情は末長く続いていくことはできます。 恋人のワクワクドキドキを促す「ドーパミン」から、安心感をもたらす「セロトニン」や絆を深める「オキシトシン」というホルモンの分泌に変わっていくからです。 恋人の関係が家族に変わるとき、脳内ホルモンも次のステージへとバトンタッチされます。
「この人といるとホッとする」と感じるとき、私たちの脳内でセロトニンのほかに働くオキシトシンについて、お話を続けましょう。 オキシトシンは好ましい相手に見つめられたり、触れ合ったりすると分泌され、安心感や癒しを感じる働きがあります。その性質から、別名「愛着ホルモン」とも呼ばれます。 さらに近年の研究では、これまで登場してきたさまざまな脳内ホルモンが、このオキシトシンを「司令塔」として連動することがわかってきました。 たとえば心を安定させるセロトニンが働くと、オキシトシンも分泌されて癒し効果が高まります。 またワクワク・ドキドキのドーパミンが働くと、オキシトシンも同時に増えてハッピーな気分が増幅されるのです。 しかも心の動きだけでなく、「傷の治癒が早くなる(ドーパミンと関係)」や「筋肉の緊張を和らげる(GABAと関係)」といった、体のケアにも一役買っています(下図参考)。 もう察しがついている方もいるかもしれませんが、オキシトシンを分泌するように信号を送っているのは、私たちの「腸内細菌」の仕業です。 人と人との繋がりも、腸内に棲む微生物たちと脳内ホルモンが密に連絡を取り合うことで、恋人から家族へと絆が深まるのです。 先述のとおり、オキシトシンは見つめ合うことやスキンシップなどで分泌が促されます。 もし相手の目を見てにこやかにおしゃべりをしたり、恋人同士のように触れ合ったりすることが照れくさいときは、お互いにマッサージをするだけでも効果があります。
前回まで、恋に落ちるまでのステップの中で「いいな」と思う相手と食事を重ねると、腸内環境が似てきて親近感が湧くというお話しをしました。 覚えていますか? ということは家族になると同じ食卓を囲み、同じものを食べるようになるので、お互いの腸内環境が近づいていくことになります。 子供が産まれれば一緒にお風呂に入ったり、添い寝をしたりすることで、皮膚にいる常在菌もどんどん共有されていきます。 実はこれこそが、昔から言われている『同じ釜の飯を食う』の正体です。 寮生活や部活動の合宿などで、一緒に寝てご飯を食べていると自然と仲良くなれるのは、お互いの微生物をシェアして「ワンチーム」になっていくからです。 「なんとなく居心地がいいな」 「この人とは肌が合うな」 そんなふうに感じるのはただの気のせいではありません。 あなたと一緒に生きている微生物たちが、お互いの共通点を見つけて、「同じだと仲良しね!」と認め合い、あなたに安心感のサインを送ってくれているのでしょう。
今年開催されたミラノ・コルティナ2026冬季オリンピックで、金メダルを獲得したフィギュアスケートの“りくりゅうペア”。 私も、その一挙手一投足を見逃すまいと、テレビの前で手に汗を握りながら応援していました。 一瞬の狂いが命取りになるフィギュアスケートのペアでは、強い信頼関係が欠かせません。 2019年のトライアウトで2人が初めてツイストリフトをしたとき、木原龍一選手は瞬時に「雷が落ちた!」と感じ、三浦璃来選手とのペアリングに無限の可能性を感じたそうです。 「ビビッ!」ときた瞬間です。 これも生物学的に見れば、お互いの微生物同士が瞬時に反応した結果とも言えるでしょう。 その後、練習を共にし、同じ食事をする時間の積み重ねによって、お二人の腸内細菌叢(そう)はどんどん近づいていったはずです。 そしてお互いの動きや呼吸が「なんとなく分かり合える」ベストパートナーになったのではと想像してしまいます。 ※追記 2026年8月23日に三浦璃来選手と木原龍一選手が婚約を発表されました。 となれば、日本がペア競技で金メダルを獲るには「腸内環境をワンチーム」にすることがカギになる! と提案したくなるのです。 この「なんとなくわかる」という心地よい感覚こそ、腸内細菌と脳内ホルモンが密に連携している何よりの“証拠”です。 もし今、あなたがもっと仲良くなりたい人がいるなら、まずは一緒にランチを食べることから始めてみませんか? 肌が触れたときの感覚、ハグしたときの匂い、そして好きな食べ物。 あなたの微生物たちはあらゆる情報を吟味して、特別な存在かどうかを教えてくれているはずです。
この記事の執筆者
姫野 友美(ひめの ともみ)
ひめのともみクリニック院長
医療法人社団 友徳発心会 ひめのともみクリニック 院長、元日本薬科大学薬学科 教授、心療内科医、医学博士。 東京医科歯科大学(現東京科学大学)医学部卒業後、九州大学医学部心療内科勤務を経て現クリニック開設。 テレビ東京「主治医が見つかる診療所」などラジオ、新聞、雑誌でもストレスによる病気・症候群などのコメンテーターとして活躍。 『心療内科に行く前に食事を変えなさい』(青春出版社) 男女のすれ違いを腸で解決する驚きの最新医学『急に不機嫌になる女 無関心になる男』(青春出版社) 『認知症になりたくなければラーメンをやめなさい』(講談社)など著書多数。 最新刊は『ごはんを変えると人生が変わる』(大和書房)
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