部門間対立をどうするか【第3回】

部門間対立をどうするか【第3回】
組織とマネジメント
2026/10/09
連載:現場の視界をひらくドラッカーの問い

「上司がわかってくれない」「部下が思うように動かない」「なぜ頑張っているのに評価されないのか」――。
日々の仕事のなかで感じる違和感や迷い。その答えを考えるヒントは、ドラッカーの言葉のなかにあるかもしれません。
本連載では、マネジメントの父ピーター・F・ドラッカーの視点を手がかりに、現代の職場で起こるリアルな課題を読み解いていきます。
執筆者は、2005年に外国人編集者として最後となるドラッカー本人への単独インタビューを行った、ものつくり大学教授・NPO法人ドラッカー学会共同代表理事の井坂康志先生です。
はじめに取り上げるテーマは「上司をマネジメントする」。上司の欠点を数えるのは簡単ですが、それで成果は上がるでしょうか。上司を観察し、その強みを活かす――。ドラッカーならではの視点から、仕事や組織との向き合い方を考えていきます。

(文:D-OMNi編集部)

会議室の塹壕戦――相克するKPI

画像:生成AI作成

午前10時の会議室。

空調の微かな稼働音すら重苦しく響くその空間で、営業部門の若きリーダーである並木さんと、開発部門のベテラン責任者である高野さんが、疲労の入り混じった眼差しで対峙しています。

「高野さん、なぜ今回のシステム機能の拡張が、今のスケジュールで実装できないんでしょうか。重要なクライアントが強く求めているんです。この機能がないと、来期の契約更新は白紙に戻るとまで言われています。なんとか現場の裁量でねじ込んでください」
机に身を乗り出して懇願する並木さんに対し、高野さんはきっぱりと言い放ちます。

「あなたが言っているのは、建物の基礎工事が終わった後に地下室を作れと言うようなものだ。システムの基本構造を無視した素人の要求だよ。今から仕様を変更すれば、納期に間に合わないどころか、システム全体が崩壊する。無理なものは無理だ」

並木さんの背後には、「今期の売上目標絶対達成」という営業部門の至上命題が張り付いています。
彼は顧客の矢面に立ち、自社と顧客をつなぐ自負を持っています。

一方の高野さんの背後には、「システムの品質担保とコスト削減、そして納期遵守」という開発部門の絶対的防衛線があります。
彼は技術の裏側を知り尽くし、無責任な要求が招く致命的なシステム障害の恐怖を誰より理解しているのです。

互いの見ている世界は完全に分断されており、歩み寄る気配は微塵もありません。

まさに一触即発。

組織で働く者であれば、こんな息の詰まる塹壕戦を幾度も経験しているはずです。

スペシャリストの宿命と分断された視界

なぜ彼らは、同じ会社の人間でありながら、ここまで分かり合えないのでしょうか。

ドラッカーは、現代組織の現実をこう見透かしています。
「実のところ、この世にいるのはスペシャリストばかりです。ゼネラリストなる者はいないのです」

私もあなたもスペシャリスト。
この人もあの人もスペシャリスト。

本当です。どこを見渡しても、目に入る人は何かの分野の専門家なのです。

現代の高度に複雑化したビジネス環境において、私たちは誰もが特定の専門分野に特化したスペシャリストとして訓練されます。
並木さんは市場と顧客を分析するプロであり、高野さんはコードとアーキテクチャの論理を組み立てるプロです。

ここで見落としてならないのは、彼らが対立しているのは無能だからでも、意欲に欠けるからでもないということです。

むしろ逆。それぞれに課された背反するKPIを、専門家として忠実に、かつ高い次元で遂行しようとしているからこそ衝突するのです。

営業には生身の顧客は見えても、システムの裏側までは見えていません。
逆に開発にはシステムの構造は見えても、顧客の切実な表情は見えません。

誰もが自部門の専門分野という窓からしか世界を見ることができない。
この窓枠の狭さこそが、高度に分業化された近代組織の避けられない宿命なのです。

巨大な自動車工場における、構造的機能不全

これはITや知識労働に限った話ではありません。
この分断の根深さは、巨大な自動車工場の組み立てラインを想像すれば容易に理解できるでしょう。

何千人もの労働者が並ぶ巨大な工場。
そこでは、ある者はひたすらエンジンブロックにボルトを打ち込み、ある者はドアのヒンジを溶接し続けています。
彼らは自らの専門タスクに没頭し、その1ミリの精度に誇りを持っています。

しかし、彼らは自分の担当する無機質な金属部品ばかりを見つめているため、最終的に完成する自動車の流麗な姿や、それを運転して休日ドライブでの家族の笑顔を意識することはありません。

ただ目の前のノルマと効率のみを追求する世界。
エンジン部門は「より高出力で巨大なエンジン」を作ることに熱狂し、車体部門は軽量化に執着します。

両者が対立したとき、マネジメントが「互いの部署に敬意を払い、仲良くしろ」と精神論を説くのは簡単です。
誰だって趣味で対立しているわけではないのです。

この機能不全を解消する唯一の手段は、ラインの労働者たちに「完成した自動車」を実際に見せ、そのハンドルを握る顧客の姿を眼前に示すことです。

自らが組み付けた名もなき部品が、自動車という一つのシステムとして命を吹き込まれ、生身の顧客の安全と移動を支えている。
その「全体像」を目の当たりにした瞬間、分断されていたスペシャリストたちの視界は一気に開きます。
エンジン部門も車体部門も、「自部署の正当性」ではなく、「ドライバーにとって最も安全で快適なバランスとは何か」という共通の目的に向けて統合を始めるのです。

ドラッカーが説く知識の統合とは、まさにこのプロセスを指しています。
部門間の衝突において「『誰が正しい』という観点から問題を考えてはなりません。『何が問題か』という観点からスタートしなければならないのです」という彼の言葉は、双方の「自部門のKPI」を強引に引っぺがし、視点を顧客へと引き上げよという要求なのです。

同じ窓から景色を眺める――お客様は神様だ。

画像:生成AI作成

冒頭の会議室に戻りましょう。

ここで真にマネジメントとして機能するためには、並木さんと高野さんの間に「完成した自動車」、すなわち顧客の真の目的を置かなければなりません。

営業の並木さんは、顧客の「システムにこの機能を追加してほしい」という要求を、そのまま開発に丸投げする御用聞きであってはなりません。
彼には専門家として、「顧客が真に解決したいビジネス上の課題は何か」を深掘りし、情報として持ち帰る重い責任があるからです。

一方、開発の高野さんも、技術的制約を盾に「できない」と門前払いをしてしまっては話になりません。
並木さんがせっかく持ち帰った顧客の課題に対し、「要求された通りの機能実装はシステムを破壊するが、既存の別モジュールを転用・拡張すれば、安全性と納期を担保したまま、顧客の目的の8割は達成できる」という代替案を、構造的に再設計する責任があるのです。

顧客がいるからこそ、この二人は会社に存在しているのであって、決してその逆ではありません。

他部門との協働とは、笑顔で妥協し合い、足して2で割れるような生ぬるいものではありません。ドラッカーが「専門知識は他の専門知識と統合されて、成果に結びつけられない限り、意味をなさない」と断言するように、自部門の局所的な正当性を完全に捨て去り、互いの専門知識を顧客という単一の焦点に向けて徹底的に噛み合わせる、高度でタフな知的労働なのです。

理不尽な要求への盲従や迎合を意味するものでは決してありません。

内向きの利害やプライドに囚われたとき、私たちをその不毛な争いから連れ出し、広い領野へと連れ出してくれる、もっともあてになる外部基準、その意味において――あえて言いますが――「お客様は神様」なのです。

この命題は、組織が内向きの対立に陥ったとき、視界を外へと開く窓として、とりわけ正しいのです。

この記事の執筆者

井坂 康志(いさか やすし)

ものつくり大学教養教育センター教授
NPO法人ドラッカー学会共同代表理事

1972年埼玉県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得満期退学。博士(商学)。2005年、カリフォルニアの自宅にて、外国人編集者として最後となるP.F.ドラッカーへの単独インタビューを行う。専門は経営学、社会情報学。
著書に『ピーター・ドラッカー――「マネジメントの父」の実像』(岩波新書、日本リスクマネジメント学会優秀著作賞)、『P. F. ドラッカー――マネジメント思想の源流と展望』(文眞堂、経営学史学会奨励賞)等多数。訳書に『ハーフタイム』『アメリカは内戦に向かうのか』『緊縮資本主義』『世界は負債で回っている』(いずれも東洋経済新報社)等がある
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キーワード:組織チーム上司部下コミュニケーション学び
働き方マネジメント悩みドラッカー
連載名:連載:現場の視界をひらくドラッカーの問い
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